晩秋の京都 大原三千院

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0

晩秋の京都を訪れた時の日記、第一弾は天台宗 大原三千院。  

上写真の石柱には「梶井 三千院門跡」、下写真の御殿門には「梶井門跡 三千院」と記されている。
梶井門跡は三千院の近代以前の名称。三千院は最澄が比叡山東塔南谷に建てた円融坊にはじまるとされ、度重なる移転の後、1871年(明治4年)に現在の大原の地に移った。「三千院」、「三千院門跡」はそれ以後から使われるようになった名称だそうだ。 たくさんある京都の天台宗の寺院の中でも格式の高い3つのお寺を、天台宗の三門跡(もんぜき)寺院という。ちなみにその三門跡寺院は、三千院、青蓮院、妙法院だそうだ。

しっかり石組みされた城門のような御殿門をくぐり、拝観受付を済ませるとまず履物を持って客殿に入る。下写真は客殿の庭園である聚碧園(しゅうへきえん)。上も下も聚碧園の同じ木を撮った写真だけど、縁側や建物の柱を入れた下の方が庭園らしい雰囲気が出る。     

客殿から建物の中を歩き宸殿から庭に出るとその前が有清園(ゆうせいえん)。杉や檜の木が立ち並ぶ池泉回遊式庭園の先に見えるのが往生極楽院。

往生極楽院はすごく簡素なお堂。     堂内には阿弥陀三尊像が納められていて、その天井には極楽浄土そのままを表した舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれているらしいが、現在ではほとんど見えない。
その天井を赤外線カメラを使った調査で創建当時の顔料のまま極彩色に復元されたものが、出口近くの円融蔵(えんにゅうぞう)という重要文化財収蔵施設の展示室で見ることができる。 

これは朱雀門(すざくもん)。往生極楽院の南側にある朱塗りの小さな門。朱雀門とは、平城京や平安京の大内裏において南面する正門の名称で、大内裏の外郭十二門のうち最も重要な門のことを言う。この朱雀門は昔、往生極楽院を本堂としていた頃の正門だったそうだ。   

ここから弁天池の脇を通って奥の金色不動堂に向かう。
その参道の傍らに、苔と一体化したわらべ地蔵がいくつもある。        有清園の苔。足元にも小さな宇宙が広がっている。       

参道脇の弁財天。ここから金色不動堂まであじさい苑が広がる。あじさいの時期に来ると、きっと綺麗だろう。ただ私のホームグラウンドでもある高幡不動尊も、あじさいの綺麗さでは負けないと思うけど(笑)


このちょっと新しい感じがするお堂が金色不動堂。護摩祈祷を行う祈願道場で、平成元年(1989年)4月の建立。この奥にはさらに平成10年(1998年)に建立された観音堂とその横に石庭が広がる。

これは順路の出口付近、西方門そばにある円融房、菊の御紋がある。なぜここに菊の御紋があるのか。元来、門跡とは、日本の仏教の開祖の正式な後継者のことを指す言葉だったが、その後、宇多天皇が出家して仁和寺に入室し御室御所と称して以来、皇室一門や公家の方が出家して住職を務める寺院を「門跡」と称するようになり、格式高い寺院を表す称号へと変化した。この「三千院門跡」も、このようなつながりからここに菊の御紋(菊花紋章)があるのだろう。


桜の馬場と呼ばれる門前には雰囲気の良い茶屋や土産店が並んでいる。        桜の馬場の一番北側に朱色の欄干が見える、これが茅穂橋。    橋の下の流れも雰囲気がいい風景を作っている。    お庭がきれいだと言われる三千院。四季を通じて訪れたい場所だけど、京都の街中から少し離れていて、しかも駐車場がないから行くのは少し大変かもしれない。

   大原三千院 撮影 2021年11月30日 にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ

コメント

  1. 凪々 より:

    京都は趣があっていいですね。
    とにかく絵になる。。。
    苔も綺麗。
    関東の苔は、ゼニゴケばかり!(^0^;)

    • chibita より:

      ちびた>凪々さん
      ほんと京都はいいです、長期滞在したいです。
      お庭がきれいなところはだいたい苔がいい感じですね。

  2. hisami より:

    そうなんですよぉ~~~遠いの!”
    だからこその静寂と落ち着きある場所なんですが
    京都駅からバスで1時間・・・・
    関西在住でもなかなか足を向けにくいエリアなんですよね 爆

    • chibita より:

      ちびた>hisamiさん
      なかなか行くことができず、やっと叶いました。
      ほどよい静寂が良かったです。誰もいないのはちょっと不気味なので(汗)